微笑み在処 阿部くんが投手に――オレに、誰かを重ねているのは知っていた。そして、それが誰なのかということも。 夏大が終り、辺りは秋へと移り変わっていた。この時期、一部の高校ではとても騒がしくなっていた。 ドラフトである。 有名選手には、記者たちが溢れ、本人は結果を不安な思いで待ち続ける。例えば、意中の球団から指名されるのかどうか。たとえ指名されたとしても、もしかしたら他の球団と被ってしまうかもしれない。そうなれば、交渉権は抽選に委ねられ、結果として意中の球団ではないかもしれない。 でも、それはまだマシなほうで。実際は、大学生や社会人の逆指名とは違い、指名されるかさえわからないのだ。 「榛名、結局どこに行くんだ?」 テレビを前にして、田島くんがいった。今日は、偶然部活が休みで、皆オレのうちに集まって、ドラフトの結果を見ていた。 「どこだろうな。あいつならけっこう色んなとこから来てるだろ?」 今年は、榛名さんや高瀬さん、青木さんとかけっこう知っている人がいた。皆が皆プロ志望なのかは知らないし、第一名前があがるのかさえわからない。だけど、榛名さんだけは確実にそうだといえた。去年は去年で、知っている人がいたけど、今年は見方が少し違う。ドラフトの結果、というよりは、榛名さんの結果みたいな感じだ。 実際、榛名さんは有名で、試合にもスカウトの人たちが見に来ていたらしいし。でも、それはあの人にとっては当たり前のことなのかもしれない。 ずっとあの人はプロを目指していて、プロになるために野球をしているのだ。最終目標は、甲子園での優勝ではなく、あくまでもプロ野球選手。 そのために、あの人は野球を続けてきたんだ。 「あっ、始まった。」 その言葉と同時に、皆画面に釘付けになった。今から一巡目の名前が発表される。画面に誰の名前が映るのか、それだけに意識がいっていた。 たぶん、ある一人を除いては。 「榛名は・・・、1つ?いや2つか。」 「さすがだな。12球団中、2球団から指名か。」 「あっ、オレあの選手知ってるぜ。」 「どれ?」 「ほら、右端の・・・。」 「あっ、あいつならオレも知ってる。えっと・・、確か今年の優勝校の4番だろ?」 「そうそう。あいつかなりかっ飛ばしてたもんな。ホームラン記録もタイだっけ?」 「いや、更新したんだろ?」 盛り上がる一角を除いて、真剣に画面を見詰める阿部くん。どんな思いをして、今その名前を見ているんだろう。 浦総戦のときは気付かなかったけど、阿部くんにとって、あの人はやっぱりすべてなんだと思う。あれだけ酷い発言をしていたけど、それは榛名さんが好きだったからなんだろう。 「榛名、決まったぜ。」 「ほんとだ。ってことはパリーグか。」 「でも、あいつならちょうどいいんじゃね?投球に集中できるわけだし。」 「そうだよな。それに、バッティングはそれほどでもねーだろ?」 『根元ンとこにいる。』たぶん、それだけじゃない。 阿部くんにとって、投手は榛名さんしかいないんだと思う。 阿部くんがオレに言ってくれた言葉は、もちろんあの人に向けたものではないし、オレのことを考えて、オレのためにいってくれたものばかりだ。だからこそ、わかってしまったのかもしれない。 例えば、オレが榛名さんと正反対な態度をとると、阿部くんは困る。嬉しいのかどうなのかは知らないけど、戸惑っている。逆に、オレが榛名さんと似たような態度をとると、怒るというか感情を持て余しているようだった。 あの人とどこかで比べてている。 それも、自分で気付かないうちに。 だからこそ、阿部くんは時々舌打ちをしてしまうのだろう。そんな自分が歯痒くて。 「あっ、榛名が映った!!」 ドラフトはいつの間にか終りを迎えて、ちょうど決まった選手たちの映像が流れていた。嬉しそうに会見をする榛名さんの姿が映し出されている。あぁ、本当に夢を叶えたんだ。 「結局、あいつは夢を叶えたわけか。」 「そうだよな。プロになるためにやってきて、ちゃんとプロになったわけだし。」 「すげぇーな。」 「すげぇーよなー。」 「まっ、でもオレたちは来年もあるわけだし。」 「だよな。まずは甲子園!!」 「そっ、優勝!!」 「頑張らないとな!」 会話には参加せず、ずっと画面に映る榛名さんの映像を見ながら、阿部くんは静かに微笑んだ。誰にも気付かれないように、でも、とても綺麗に。 『よかったね。』 オレは心の中でそう声をかけた。 やっぱり、嬉しかったんだ。なんとなく、自分も安心していた。それは、阿部くんが榛名さんに対して画面越しだけど、笑ったからかもしれない。ああいう表情を榛名さんに対してしているのを見たことがなかったから。どうしても榛名さんを見るとき、阿部くんは眉を顰め辛そうな表情をする。いつも何かに傷ついているみたいに。 ブーン、ブーン・・・ 記者会見の映像や胴上げの映像が流れる中、誰かの携帯がなった。 「わりィ。」 そうやって立ちあがったのは阿部くんだった。電話だったらしく、携帯を持って部屋を出る。もしかしたら、榛名さんかもしれない。榛名さんなら電話をかけてきそうに思えた。そんなことを考えながら、阿部くんの後ろ姿を見ていると、先ほどと同じように微笑む阿部くんが見えた。やはり、榛名さんだったようだ。 笑顔で、でも照れ気味で、何よりも幸せそうに。 『よかったね。』 オレはもう一度、阿部くんの後姿に向かって小さく声をかけた。 END |
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