「あっ、・・・」

棚から転がり落ちていくひとつの球を追う。 少し転がったところで、ソファーにぶつかり止ったそれを拾うと自然と笑みが漏れた。
そして、今日がちょうどその日だったことを隆也は思い出した。







記念日の記念日







「「ハッピーバースデー!!タカヤっ!!」」

練習が始まる前のグラウンドで、一際大きな声が響いた。 拍手や祝いの言葉が場を満たす。
タカヤは、恥ずかしそうに俯きながらも、嬉しそうに笑っていた。 一方で、そんなタカヤをモトキは面白くなさそうに眺めていた。
自分にはめったに見せない笑顔。
自分の知らない誕生日。
秋に戸田北に入ってきたばかりのモトキにとって、この場に馴染むのは難しかった。 まだ、数ヶ月しか経っていないのだ。 仕方ないと言えばそれで終わりだが、そんなにすぐ割り切れるほど大人わけでもなかった。

「さっ、練習始めるぞ!」

監督の一声で、皆散らばっていく。
グラウンドには、いつもの声が木霊し始めた。





(もしかして、機嫌悪いのか・・・?)

タカヤは、モトキを見ながら何となく感じていた。 アップのときから一切言葉を交わしていない。 普段からあまり話さないが、今日はより一層少ないようだった。

(俺、なんかしたかな・・・?)

と、考えてはみたものの思い当たる節はない。

「いくぞ」
「ぇ、あ、はいっ!」

ぎりぎり聞き取れるか取れないかの声で、始まりを告げられる。
タカヤも急いでミットを構えた。

バシッ!

と、気持ちいい音を立てて球がミットに納まる。 いつも以上に手が痺れるが、まだまだ彼の球はこんなものじゃないと、タカヤは気合を入れ直した。




零れることなくミットに納まっていく球。
掌に感じる心地よい痛み。
数えることはしなかったが、タカヤ自身も順調だということはわかっていた。 マウンドに立つモトキの姿を確認すると、先程と表情は変わらないが普段に比べると苛々とした感じが伝わってこない。 それは、自分が上手く捕っていることの証明のようで、タカヤは少しマスクの内側で微笑んだ。

(笑ってるな、アイツ)

マスク越しでも、表情の変化はすぐにわかる。 モトキは、表情が綻ぶ瞬間をずっと見ていた。
今日がタカヤの誕生日だということを知らなかった。
ただそれだけのことが、何故か面白くなかったのだ。 普段なら全く気にしないどころか、そんなことがあったことすらすぐに忘れてしまうのに。 いつもと違う自分に戸惑いが隠せない。

(誕生日プレゼントか・・・)

投球練習を始める前に、同い年の数名がそんな話をしていた。 何かを買ってきただの、去年は何をあげただの。 別に聞く気はなかったが、自然とモトキの耳にも入ってきた。
自分はもちろんだが、何も用意していない。 かといって、買いに行くのもめんどくさいし、そこまでする必要があるのだろうかと思ってしまう。 何も知らない相手に、何かできるはずもなく。 だけど、苛々するのは抑えられない。

(・・・そういえば)

今日はまだ、モトキが全力投球を始めてからタカヤは一度も球を零していない。 この前連続で捕ったときの球数も既に超えている。

(仕方ないな・・・)

モトキは、自分の考えに苦笑しながらも今からするべきことを決めた。


「ラスト10!」
「はいっ!」


空は薄っすらと暗くなり始めていた。





「おめでと」
「タカヤ、ハピバ」
「これ、俺らから」

部室に戻ると、タカヤの両手にはたくさんのプレゼントが抱えられていた。 先輩たちから人気があるのか、まるで自分の弟のようなむしろそれ以上の扱いをタカヤは受けていた。 モトキの隣のロッカーに近寄り丁寧にカバンに先程貰ったプレゼントをしまっていく。 嬉しそうに少し紅く頬を染めながら。

「おい」
「・・ぇ?」

タカヤが不思議そうに上を見上げると、モトキは前を向いたまま右手に持ったままの球を差し出した。 意味がわからない、とタカヤの視線をモトキと球の間を往復している。

「それ、やる」
「・・・はい?」
「だから、やるっつってんだろ!」

タカヤの微妙な反応に、モトキは恥ずかしさからかつい大声を出してしまった。 その声に、部室にいたメンバーの視線も集まる。

「・・・何ですか、コレ?」

言われるがままに球を手に取ったタカヤは、何故今自分にコレが渡されるのかわかっていないらしい。

「・・・お前、今日誕生日なんだろ?」
「そうですけど・・・」
「だから、やるっていってんだよ」
「だけど、コレって・・・」

もちろんモトキの私物ではない。 これはチームのものだ。 それに、自分がこの球を貰う理由がなかったはずだ、とタカヤは思っていた。

「今日、全部捕ったろ?」
「・・・ぁ」
「初めてだろ、全部捕るの」

そう言われて初めてタカヤは、このボールの意味がわかった。 その瞬間、顔は真っ赤に染まっていき、俯いてしまう。

「わかったかよ」
「・・・はい」

お互いに恥ずかしくて視線が合わせられなかった。 周りでは、今年はモトキにやられたな、と話す声が聞こえるが、もちろん二人の耳には入ってこない。 ただ、恥ずかしいのと嬉しいのとで、なんと言葉を紡げばいいのかわからない。

「・・・ありがとうございます」
「・・・おぅ」

小さな声でお礼を言うと、同じ様に小さな声で返事が返ってきた。
手にした球には、汚い字で今日の日付が書かれていた。










「けっこう増えたな」

いつの間にか、棚には日付が書き込まれた硬球が溢れていた。 初完封や初勝利、優勝など古いものから新しいものまで、既に10は超えている。 その棚の真ん中に、先程拾った球を飾る。

「おはよう」

後ろを振り向くと、寝起きのままの彼がいた。


「誕生日おめでとう」


「ありがとうございます」


そして、唇付けを交わした。







End.



happy birthday takaya
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