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重ねた時間 ドアホンが鳴ることなく開かれたドア。 「イザーク。」 聞き慣れた自分の名前を呼ぶ声に、イザークはゆっくりとした動作で、後ろを振り向いた。 + + + 気が付けば、いつも前のほうの席に座っている紺色の彼女を、視線が追ってしまっていた。 (あいつは、誰なんだ?) イザークは、頭を悩ませていた。 アカデミーでも、入学したての間は、実践訓練よりも講義が多く、もともと知り合いでない者同士が、関わり合いを持つことはほとんどなかった。 イザークもその中の一人で、幼馴染というのか、腐れ縁というのか、今でも付き合いのあるディアッカと、普段の行動をともにしているため、他に新しい友人を作ることはなかった。実際、イザークにとってはそんなことはどうでもよかった。戦いに参加するための力と知識をここに得に来ているのであって、お友達付き合いをしに来ているのではないのだ。 (どこかで、見た覚えがあるんだが・・) 見た覚えというのか、噂というのか、確かに似たような人物についての知識がイザークにはあった。だが、すぐにそれに気がつくことはなかった。 何故かと言うと、簡単なことだった。 見たことがあるのも、噂になっているのも、"彼女"ではなく"彼"なのだ。イザークの認識は、根本的に間違っていたのだ。 それについて、イザークが気がつくまで、それほど長い時間はかからなかった。 何かが頭の奥に引っかかっている。放っておけばいいものの、気になって仕方がないイザークは、一冊のアルバムを開いてみた。 テレビやそういった類で見た覚えがあるのではなく、もっと他の・・・。 そう考え、イザークはそのアルバムを手に取ったのだ。ページをめくると幼い頃の自分が写っている。母に抱かれている姿や、ディアッカと写っているものもある。 そして、1枚の写真に手が止まった。 どこかのパーティー会場か何かで撮られたもので、イザークも正装していて、隣に写っている少年も正装している。少年といっても、半ズボンを穿いているからそう判断できるのであって、もしこれでスカートを穿いていても然程問題がなさそうなほどかわいらしかった。 (・・・こいつだ) イザークは、その隣に写っている少年が、今、自分の意識を奪って仕方ない少女と同じことに気がついた。そして、日付とともに書かれた短いメモを確認すると、そこには、 『アスランくんと ザラ家にて』 イザークは、そのメモ書きを見て、言葉を失った。 (アスラン・ザラ・・・) アカデミーでも、噂になるほど有名な人物だった。何といっても、父親は、評議会の議長である、パトリック・ザラである。それに加え、成績は常にトップクラスで、あの容姿。 イザークが知らないはずがなかった。 (何故、気付かなかった・・・?) 実際、まだ顔を合わせたことはなかった。授業といっても、まだ入ったばかりであるため、内容は訓練というより講義が中心である。そのため、二人にはこれといった接点はなかったのだ。 (よりによって・・・) イザークは、最も自分が毛嫌いしている人物に、好意を抱いてしまったことに、少なからず動揺していた。 それからというもの、イザークはその彼女、否、正しくは彼を頭の中から消すことができなかった。 講義中、自分たちより目の前に座る彼をイザークは、見ているつもりはなくても、気がつけば、視界にいれているのである。そして、その度にイザークは自分で自分に溜め息をつく。 (はぁ・・・) 彼が、女ではなく、男だということがわかったのだから、そこまででいいはずなのだ。 だが、どうしてもそうはいかない。自分で、どうでもいいと思えば思うほど、思考は彼に奪われていった。 そうして、数週間が経つと、講義以外に、訓練も始まりだした。 これで、イザークが彼と顔を合わせる機会が、格段と増えることとなる。 顔を合わせ、同じ訓練をこなす。 相手は、自分のことを知ってはいるだろうが、イザークの思考をこれほど自分が占めているなんて、思いもしないだろう。イザーク自身がそのことを、未だに認められずにいるのだから。 顔も、声も、体も、 すべてが男だということを表していた。 なのに、イザークは彼に――アスランに、好意を持たずには居られなかった。好きなのだと、認めずにはいられないところまで、いつの間にか来てしまっていたのだ。 (俺もとことんバカだな・・・) 訓練室を後にするアスランを見ながらイザークは思った。 自分を知って欲しい、見て欲しい。 そういう気持ちをイザークは、何故だか持たなかった。このまま見ているだけでもいいなどと考えることもあった。 成績上、イザークとアスランは1、2位を争う立場。 必然とお互いのことは知っている。イザークは、成績に関してだけ敵意をむき出しにしていた。自分より年下のアスランに、主席を取られるのが悔しくて仕方なかったのだ。 ただ、それだけ。 他の感情をイザークは、アスランに向けたことはなかった。アスランはというと、イザークとは違い、成績に特にこだわりはなかったようだった。イザークに敵意を向けることもなければ、他の感情を見せることもなかった。 こんな二人に、それ以上の変化など求めるほうが間違っている。 むしろ、期待するような変化があるはずがないのだ。 イザークもそう思っていた。 不意に起きる出来事は、人生を大きく変えることもあるのかもしれない。 「お疲れ。」 いつものように訓練を終えて、アスランは談話室に来ていた。そこには、休憩に来ていたディアッカやニコルもいた。 「お疲れさまです、アスラン。」 「よっ、お疲れ。」 「あれっ・・?」 ディアッカの隣を見て、いつも一緒に居る彼に気がつき、アスランは、素直にその疑問を声に出した。 「あぁ。」 ディアッカもその視線の気がついて、軽く微笑みながらイザークなら外に居る。といった。 8月ももう1週間過ぎた頃だった。 プラントといえど、地球と同じ様な環境が作られている。照りつける太陽を窓の外に感じながら、いい風でも吹いているのだろうかと、外にいるイザークを思った。 人目を惹きつけて止まないその美しい銀糸のような髪に整った顔立ち。それに加え、学力、戦闘技術に関しても申し分ない成績を修めていた彼。 アスランも彼のことをしらないわけではなかった。 何より、自分に向けられる敵意に気付かないほど、バカでもない。 「そういえば、今日ってイザークの誕生日ですよね?」 「あぁ、そういえばそうだな。」 「付き合い長いのに、忘れてたんですか?」 「しゃーねーだろ、忙しいんだから。」 ディアッカとニコルの会話が少し離れた席に座っていたアスランの耳にも入ってきた。 「イザークがどうしたんだ?」 「今日が、あいつの誕生日なんだよ。」 「あれ?アスランは知りませんでした?」 「・・・あぁ。」 ニコルとはもともと仲が良く、アカデミーに入ってからも良く話をしていた。ディアッカやイザークともいつの間にか話すようになっていた。簡単に言えば、成績の上位者だけが、知らず知らずのうちに集まってしまったといった状態だった。 だが、今までそんな話は聞いたことがなかった。というか、イザークが自分のいる前でそういう話をすることはない。イザークが、アスランの前で発する言葉といえば、厭味以外の何ものにもなかった。 「今日が誕生日ね・・・。」 アスランは、そう小さく呟きゆっくり席を立つと、そのまま二人に別れを告げ、部屋を出て行った。 これが、すべての始まり。 訓練棟の裏にあたるこの場所は、日中でも日陰で過ごしやすい。 適当にふらついて見つけたここは、いつの間にかイザークに安らぎを与えてくれていた。 談話室や講義室。 どこにいても、イザークの視界にはアスランが居る。 その中で唯一、この場所だけがアスランから離れられる場所だったのだ。だから、ディアッカたちにもこの場所のことは教えていない。 「風が気持ちいい。」 日陰に吹く風は、他の場所に吹く風より、少しだけ温度が低い。校舎の壁に背中を預け、イザークは暫しの間、この一人の時間を楽しんでいた。 + + + 「こんな処で、寝てたら風邪引くぞ。」 いつの間にか、寝息を立てていたイザークは、上から降ってくる聞き覚えのある声に、瞳をあけた。 「・・・ん?」 「目、覚めたか?」 そこに居たのは、予想もしない人物だった。 「・・な、何故、貴様がそこに居る!」 誰にも教えていない場所に、よりによって最も会いたくない人物が居たのだ。 「何故って、ココ、俺も好きな場所だから。」 「・・?」 状況が理解できないイザークとは違い、アスランは、さらっと続けた。 「ココ、俺も良く来るけど、一度も会わなかったんだな。」 だが、イザークの耳には届いていないようだった。イザークは、目の前に居る人物を、キッと睨んでから、何も言わず立ち去ろうとした。 すると、 「ちょっと、座っていけよ。」 アスランから意外な言葉が飛び出した。イザークはその言葉に、怪訝そうに眉を顰める。 言ったアスランもどことなく居心地が悪そうだった。 「いいだろ?」 そう続けられ、イザークもしょうがなくといった様子で隣に座った。だが、内心は、落ち着かなくて、どうすればいいのかわからなかったのだ。 まさか、アスランと二人きりになることがあるだなんて、想像もしていなかった。むしろ、イザークはそういう状況になるのを避けていたのだ。 「で、何の用なんだ?」 別に、イラついているわけではなかったが、どうしてもこういう口調になってしまった。 「別に用ってわけじゃないけど。」 アスランは、大して気にしていないようだった。イザークが、アスランのほうを向くと、イザークにだけ聞こえるような声でそっと囁かれた。 「ハッピーバースデー。」 + + + 「ハッピーバースデー、イザーク。」 後ろから抱きつくような格好でアスランはそっと囁いた。 「あぁ・・、ありがとう。」 そして、ゆっくりと唇をあわす。触れ合うだけの口付けに、互いにふっと優しい笑みをこぼした。 「まさか、こうなるとはな。」 机の上に置かれた携帯電話を見つめながら、イザークは言った。 「何のこと?」 アスランは、イザークが何のことをいっているのかさっぱりわからないようだった。 「昔のことだ、少し思い出していた。」 そう言われても、アスランにはやはりわからないようだった。そのあと何度か問われたが、イザークは適当に流して笑った。 あの頃の二人は、まさか、自分たちが恋人同士になるなんて、考えもしなかっただろう。 だが、現に二人はともに、時間を共有しあっているのだ。この事実を、昔の自分が見たらどう思うのだろうか。 そんなことを考えていると、自然とイザークの頬は緩んだ。 「イザーク、なんか怪しいぞ。」 そう言うアスランに、イザークはまた笑った。 + + + 「ハッピーバースデー。」 アスランに囁かれた言葉に、イザークは耳を疑った。 「・・・はっ?」 アスランもイザークの反応にどうしていいか困っているようだった。 「今日、お前の誕生日なんだろ?」 「何故、お前が知っている。」 「ニコルたちから聞いたんだ。」 その台詞に、イザークは舌打ちをした。余計なことをするなと、表情が物語っていた。 「で、それが貴様に何か関係あるのか?」 「いや。だけど、友人の誕生日ぐらい祝うのが普通だろ。」 「誰と誰が友人だって?」 「俺とお前じゃないのか?」 その言葉に、暫く沈黙が続いたが、二人とも同時に噴出した。 「お前と俺が友人か、笑わせるな。」 「だよな。俺もそう思う。」 「貴様が言ったんだろうが。」 「それは、ついノリというか・・。」 「ノリなんかで気持ち悪いことを言うな。」 「あぁ、以後気をつけるようにするよ。」 それから、どれくらい二人でその場に居たかは覚えていない。アスランがふと立ち上がり、時計を指差しながら時間を伝えるまで、二人は、同じ時間を共有していた。 + + + 「あれから、俺たちは友人ってのになったんだっけ?」 「そうだったか?」 アスランが持ってきたワインを片手に、二人は、思い出話に浸っていた。 「でも、あのあと俺たちが二人で現れたもんだから、周りが驚いて仕方なかったよな。」 「まぁ、俺とお前だからな。」 「って、イザークが俺に敵意むき出しにしてたのが、そもそもの原因だったんだろ?」 「そうか?」 「そうだ。」 「でも、今こうやって一緒に居られるからいいかな?」 少し間を空けて、アスランは言った。そして、ゆっくりとイザークの方に凭れかかった。 「いいのかもな。」 イザークも微笑みながら、アスランの肩に腕を回した。 完結。(ありがとうございました。) |
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