「……イザーク」

小さく零れた声は、風に乗って霧散した。





Bellflower





戦いは終焉を迎えた。
多くの生命を失い、多くの者たちが体にも心にも傷を負った。
それは、巻き込まれた民間人だけでなく、戦いの最中にいた戦士たちも変わらない。
皆が皆、この戦いで大切なものを奪われた。
先人たちが残した、戦いに得るものなどない、という言葉の意味を今更ながらそれぞれの胸で噛み締めていた。

「久しぶりだな」
「…あぁ」

数ヶ月ぶりに顔を合わせた二人は、ぎこちない挨拶を交わす。
終戦直後、ラクスの提案でミネルバ、アークエンジェル、ヴォルテール他、残った戦艦が集められた。
そこでは、負傷者の手当てから始まり、艦の損傷状況の確認等、何処の所属等というくだらない柵を取り去り、動けるものがその対応へとあたっている。
他の艦に手を差し伸べることに異議を唱える者もいたが、ラクスの説得に渋々承諾の意を示した。
まずは、生き残った者たちが無事にそれぞれの故郷へ戻ることが最重要事項なのである。
それは誰もがわかっていたことだった。

「では、これからのことについてですが…」

艦を率いる上の者たちは、アークエンジェルの一部屋に集まっていた。
この部屋の映像は、すべての艦へと流されている。
今ここに居るすべて者たちがこの話を聞く権利がある、とのイザークの主張からの配慮である。

「一先ずは、停戦ということで、問題はないだろう?」
「あぁ。プラント側も同意見だ」

イザークとカガリが言葉を交わす。
プラントとオーブ間での停戦条約の締結に関して話が進む中、シンの声が響いた。

「ふざけるなっ!」
「シンっ!」
「何で、お前がそんなことを決めるんだっ!」
「シンっ!ちょっと止めなさいよっ!」
「では、お前がプラントを代表するか?」

シンを止めるように、体を抱きしめるルナマリアにイザークは首を振る。
イザークは、シンの瞳を真っ直ぐに射抜くように見つめた。
その視線に、シンも言葉を呑む。

「俺は別に構わない。お前にはフェイスという権限もある。お前が代表になるというのならこの場を譲ろう」
「おい、いいのか?こいつに任せても」
「ディアッカ、お前は黙っておけ。こいつにプラントの代表という重責を背負う覚悟があるなら、俺には逆らう理由がないからな」
「だが…」
「で、どうするんだ?フェイス殿」

イザークは、シンから視線を逸らさない。
腕を組み、堂々とした態度でシンに向かう。
シンは、イザークの視線に耐えられず、視線を逸らし自分の足元を見つめていた。

「俺は…」

納得がいかないことは確かだったが、だがそれはプラント全体のことを考えてのことなのか、それとも自分自身の意地なのか、どちらかなど考えなくてもわかっていた。
イザークは、顔を上げないシンから視線を逸らし、カガリに向かった。

「あいつに任せておけば大丈夫だ」
「アンタは…」
「あいつは、誰よりもプラントを愛している」
「…俺だって」
「わかってる。だからこそ、あいつの姿をよく見ておけ」

シンは、不意に隣に現れたアスランを見上げるが、アスランの視線は先程からイザークに向けられたままである。
シンもそれに倣い、凛とした佇まいで、その場に立ち話を進めるイザークを見つめた。

「では、地球の方たちは、如何ですか?」
「私たちに、その問いに答える術はない。改めて、上の者に伝えて欲しい」
「解りました。では、後ほど私から改めて、地球の方々と連絡を取らせて頂きます」
「じゃあ、これで停戦は決まりだな」
「あぁ、あとはこれからのことだが…」

それから数時間、話し合いは続けられた。
艦の整備にかかる時間、帰還後の予定等、話題は山ほどあったが優先順位が決められ、話し合いは一先ずお開きとなった。

「お疲れ様」
「あぁ」

誰も居なくなった部屋に、イザークとアスランの二人だけが残った。
イザークは宇宙を眺めたまま、アスランを見ようとはしない。
アスランは、そのイザークの背中を見つめていた。

「これからどうするんだ?」
「ラクス・クラインがプラント評議会へ招聘された。俺は、そちらについていかなければならないだろうな」
「そうか…」
「二度と起こさないと決めた。それなのに、また起きてしまった」
「俺たちはまた止められなかった」
「あれからどれだけ成長したのかがわからない。いつの間にか白なんてもらってしまった」
「俺なんて、結局二度もザフトを裏切った。それに、お前も…」

裏切ってしまった。
言葉には出せず、アスランは視線を逸らした。
イザークが大切だということは、今も昔も変わらない。
だが、アスランを取り巻く環境は、めまぐるしく変化を遂げ、ゆっくりと落ち着く場所が見つからない。
イザークのもとへ戻りたいと思う気持ちと、今更戻れないという相反する気持ち。
どうしたいかなんて、答えは出ていたが自分から動くことは怖くて出来ずにいた。
もう二度とあの悲しみを味わいたくはなかった。
引き裂かれるような胸の痛みを。

「お前はどうするんだ?」
「俺は…」
「このままオーブに残るのか?」

イザークが後を振り返ると、アスランはイザークに背中を向けて立っていた。
昔はあれほど大きく見えた背中が、今は小さく儚く見える。
自分から離れていった者は、いつの間に姿を変えてしまったのだろう。

「…まだ決めてない。戦いは終わっても、まだ俺には先が見えない」

イザークを振り向き自嘲気味に笑うアスランに、イザークは表情を歪めた。
何故俺を頼らないのか、俺はそこまで頼りないか、と昔なら声を荒げていたかもしれない。
だが、アスランが一歩踏み出せないのは、イザークを想うが故ということは、イザークも気付いてた。
このままイザークが何も言わなければ、アスランはけしてイザークのもとへは戻ってこない。

「…ったく」
「…え?」
「お前は、相変わらず手のかかる奴だ」
「ッ何を!」

イザークは大きく溜息をつくと、アスランに向かって両手を広げて不敵に笑った。



「戻って来い、アスラン」



アスランは、大きく瞳を見開き、声を失う。

「いい加減、俺を待たすのは止めたらどうだ。俺もそんなに気が長くないのはお前も良く知ってるだろう」
「……う、そ」
「嘘じゃない。俺にはお前が必要なんだ、アスラン」
「でも…」
「もう一度言う。戻って来い、アスラン」

イザークの言葉は、アスランの胸に深く刺さる。
そして、ゆっくりと広がっていくのだ。
愛しくてたまらない、優しい痛みが。

「…イザーク」
「さぁ、俺はこの両手をどうすればいい?」

イザークは、優しくアスランに微笑みかける
アスランはその微笑に誘われるように、ゆっくりと一歩を踏み出した。

「おいで」
「イザークッ!!」

そして、広げられた両手に思いっきり飛び込んだ。

「ごめん、俺…」
「今は何も言わなくていい。時間はたっぷりある。ゆっくり話せばいい」
「うん…」

イザークは、二度と離さないと抱きしめる腕に力込める。
アスランも、もう離れないとしっかりとイザークの背に腕を回した。
お互いの肌から伝わってくる温もりが、とても心地よく感じられた。



「愛してる」
「俺も。……愛してる」



天使の下で、二人は永久なる愛の誓いともに唇付けた。
アスランの瞳からは、一筋の光が頬を伝っていた。





 + + +





「あちゃー」

その頃、ディアッカは頭を抱えていた。
目の前のスクリーンに映し出されているのは、イザークとアスランのキスシーンである。
周りは声にならぬ声を上げ、スクリーンを凝視している。

事は、数分前に遡る。
イザークに用があったため、先程の部屋にいるであろう彼に連絡を取るため、スクリーンの回線を繋いだのだ。
いなかったら、いなかったらで、この回線ははすべての艦に繋がってるからモニターを見たイザークが気付いてくれるだろう、と安易な考えのもとでの行動だった。

「あの人たちは…」
「あら、幸せそうですこと」
「ったく、あいつらは…」

二人の仲を知る者たちは、一様に画面を見て微笑んでいた。
そして、やらかした張本人もまた。

「まっ、幸せそうだからいいよな」

決してよくはないが、ディアッカはキスを終えた二人が微笑み合う姿を見ながら微笑んだ。
ディアッカは、誰よりもこの二人に幸せを望んでいたのだ。

「よかったな、イザーク」

ディアッカは、小さく画面の彼に声をかけると、回線を切った。
数分後、イザークの怒鳴り声が艦内に響いたのは、言うまでもない。





fin





Bellflower (桔梗)

やさしい愛情、誠実、従順、変わらぬ愛、変わらぬ心、清楚、気品、正義

桔梗はキキョウ科の多年草。原産地は日本、朝鮮半島、中国東北部。
季節は6〜9月。花の色は、赤、ピンク、青紫、紫、白。


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