| PartU 03. 「おはよう。」 「おはようございます。」 「今日も早くから熱心だね。ゆっくり使っていきな。」 イザークは軽く頭をさげてから、ホールに入っていく。 あれからずっとここには通い詰めていた。 管理人のおじいさんとも仲良くなるくらいに。 彼もヴァイオリンを演奏していたらしく、時々イザークの練習風景を見に来ていた。 「なぁ、お前さん。その曲は誰の曲じゃい?」 通い始めて1週間を過ぎた頃だった。 「・・自分でかいたものですけど。」 いつものように、客席に座ってイザークの姿を見ていた彼はいきなり話しかけた。 普段なら休憩しているとき殆どだが今日は弾いている最中だった。 いつもと彼の雰囲気が違うのもそのせいだろうか。 「そうかい。誰かのためにかいた曲かい?」 「はい。亡くなった婚約者に・・。」 彼もまた納得したように頷いてから返事を返した。 「ほぅ。それで、ケヴィンやらに何と言われたんだい?」 「あの・・。二人をご存知なんですか?」 「あぁ、わしの孫みたいなもんじゃ。」 おじいさんは、彼らが小さい頃からよくヴァイオリンを教えていたらしい。 だから、この前も今もイザークたちにこの場所を提供してくれたようだった。 「二人には、大学時代と音の印象が違うと言われました。それと、先程と同じ質問も。」 「で、彼らは納得したか?」 「はい。二人は納得したみたいでしたけど・・・。」 「そりゃそうじゃろな。」 「そうって・・。」 彼もそのことに納得していたようだったが、イザークにしてみればわけがわからなかった。 何故リリィにかいた曲と彼女が亡くなったことと自分の演奏に関係があるのか。 それも、自分が言った二言三言で、納得されてしまうのか。 「・・どう言う意味なんですか?」 迷った末、イザークは聞いてみることにした。 「どう言う意味と言ってものぉ・・・。まぁ、彼らも曲をかいたんじゃよ。お前さんみたいに。 いつ、どんな時に、誰にかいたかは知らんがな。」 彼らもお前さんより10年以上長く生きてるからな。とおじいさんはゆっくりと天井を仰いだ。 イザークは深くを聞くことはなかったが、彼らは自分と同じようなことをしたようだった。 それでは何故・・・。 「お前さんにはまだそれを演奏するには早いんじゃよ。」 答えはおじいさんが教えてくれた。 「お前さんはまだそのお嬢さんのことを想ってるんじゃないのか?」 当たり前のような質問の内容に、イザークはただ頷いた。 好きだから、愛しているからこそ、彼女にこの曲を捧げようとイザークはかいたのだ。 「だからじゃよ。」 だが、おじいさんはそのこと自体に原因があるという。 曲に心を感情を込めてはいけないのだろうか。 「想うといってもな、いろいろある。恋焦がれたり、哀しんだり、喜んだりとな。」 おじいさんはイザークの表情からまだ意味が解っていないことを悟ったのか、ゆっくりと語り始めた。 何かを思い出すように。 亡くなってしもうた者のためにかく曲に、恋焦がれる気持ちのままじゃいかんのだ。 哀れんでかくのもどうかとは思うが、恋焦がれても届きゃせんのじゃ。 これは演奏するときも同じじゃ。 その人を愛してると思うことは悪くない。 だがな、その者はもうおらんのじゃ。 わしは、お前さんより倍以上生きとる。 それと同じようにお前さんみたいなことも経験しとる。 お前さんが今弾いているような曲はな、恋焦がれながら弾くんじゃのうて、 全てを自分の中で完結さして受け止めてからやるもんじゃ。 自分自身でその人の死を受け止めて、なおその人が好きだという気持ちを表現するんじゃ。 わしが見る限り、今のお前さんはそれが出来とらんのではないか? 死んだという事実は受け入れとるが、まだ心がそうはなっておらんのじゃろ? だから大学時代に、そのお嬢さんが生きておった時に、 演奏しとった感じとは印象が違うんじゃろうよ。 あの頃は好きだという気持ちがストレートに相手に伝えられたが、 今は空の上のほうじゃからのぉ。 そういって、彼は何かを求めるように、また窓のない天井を見上げた。 イザークはただ彼の話していることを聞き逃すことのないように、 一字一句を大切に胸に刻んでいた。 「お前さんはまだ若いんじゃ。そんな哀しい曲をかくのにはまだ早い。 そのお嬢さんも、お前さんがもっと他の世界を見てみても怒りはせんじゃろうよ。」 他の世界・・・。 「さっ、老いぼれの戯言じゃ。気にせんと練習しておくれ。時間とってすまなかったの。」 彼はイザークにそう言い残すとそのまま出ていってしまった。 イザークはそのままそこに立ち尽くしていた。 + + + それからはあっという間に過ぎていった。 あのおじいさんに言われたことを頭の中で考えながら、イザークはひたすら弾いていた。 自分ではどこがどう違うのか全くわからなかったが、彼の言っていることは理解しようとしていた。 『今のお前さんはそれが出来とらんのではないか?』 今のイザーク自身に出来ていないこと。 それは、リリィの死を頭だけではなく、心でもちゃんと受け止めること。 『その人の死を受け止めて、なおその人が好きだという気持ちを・・・』 イザークは左手の指輪を見ながら出国前の出来事を思い出していた。 『もう、十分過ぎるほど想ってきただろ?』 そうなのだろうか? 自分はちゃんとリリィのことを想えてきたのだろうか? 未だに外すことの出来ない指輪。 それは、自分がまだ彼女の死を心から受け入れていないこと表しているのだろうか。 『お前さんはまだ若いんじゃ。・・・他の世界を見てみても怒りはせんじゃろうよ。』 「もっと他の世界をか・・・。」 帰りの飛行機の中、イザークは改めて、 リリィとリリィの死と自分についてゆっくり考えてみようと思った。 まだ、休みはもう少しある。 |