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PartV 02. 暫しの沈黙の後、イザークが静かに話しだした。 「向こうで、ある人に言われたんだ。」 それはアスランに話すというよりかは、自らに話しかけているようだった。 「俺にはまだこれを演奏するには早いと。」 そういって、ピアノの上に数枚の楽譜が広げられた。 それは見覚えのあるものだった。 「これって、昔弾いていたやつだろ?」 それは、リリィの体調が悪化する少し前からイザークがかいていたものだった。 リリィの目を盗むように仕上げていたから、彼女へのものだということにアスランも気付いていた。 「あぁ。だが、あいつが死んでからまたかき直したんだ。」 ゆっくり譜面をたどると、確かに昔とは少し変わっているのがわかる。 昔のはもっと明るかったような気がした。 「でも、どうして?」 この曲とイザークのヴァイオリンの腕とは差ほど関係ないと思われた。 何しろ、自らが書いた曲なのだ。 そう思って、アスランが尋ねるとイザークは、向こうであったことを話した。 向こうで楽団の人に言われたこと。 ただひたすら練習したこと。 練習中、話をしてくれたおじいさんのこと。 その中でもおじいさんがイザークに語ったことは、とても的を射ているようにアスランには思えた。 まだこの曲を聴いたことがないアスランにはわからないが、 曲を聞くだけで、そこまでのことがわかるのかと驚いていた。 彼が言ったことは、アスラン以上にイザークに何か感じさせただろう。 リリィとイザークのことについては、 ほとどんど何も知らないはずの彼が言ったことは全て経験からなのだろうか。 そう考えるとそれはとても哀しいことだが、イザークと重なることは確かにあった。 「俺にはまだ、リリィのことを全て受け止めていないらしい。」 そう言いながら、イザークは自分の薬指に嵌めてあるシルバーのリングを眺めた。 「そう言えば、ディアッカからも似たようなことを言われたな。」 『お前、それ、いつになったら外すんだ?』とな。 そう言いながら、イザークは自嘲的に笑った。 「俺はそんな風に見えるらしいな。まだ、リリィのことを引きずっているように。 まぁ、この指輪のせいかもしれないな。」 イザークは、指輪から視線を空へと移した。 空は先程よりも赤く染まっていた。 「だが、あいつにはこれくらしかできなかったんだ。」 リリィに何もしてあげることができぬまま、逝かせてしまった。 そのことがイザークは悔しくて仕方なかった。 だから、指からこれを外せなかった。 イザークには、彼女に出来ることはこれくらいしか思いつかなかったのだ。 「だけど、怯えていただけなのかもしれないな。」 ただ、あいつへの想いが消えるのが怖くてその証をつけていたんだ。 イザーク自身もよくわかっていた。 イザークが話をする間、アスランはずっとイザークを見ていた。 彼が自分の事を話すのはとても珍しかった。 それだけ、今回のことは重かったのだろうか。 心配気にイザークを見ていると、ふと二人の視線が絡んだ。 「なぁ、イザーク。」 アスランは、感じたことをそのまま伝えた。 「俺も、たぶん君と大して変わらないよ。そこまで悩む必要は、ないと思う。 時間が解決してくれる事だってあるはずだ。だけど、その他の世界を見てみることはいいことだと思う。 それで何か変わるなら、俺も見てみたい。」 君と一緒に。という、最後の言葉だけは飲み込み、「じゃ。」とアスランは音楽室を後にした。 イザークは嵌めていた指輪を取り、額の上に掲げながら何か考えているようだった。 + + + 体育祭の練習が終り、シンは少し音楽室を覗いてみた。 もしかしたら、アスランと話す機会があるかもしれないからだ。 だが、そこには立ち入りがたい雰囲気があった。 何を話しているか、シンにはわからなかったが、 イザークを見つめるアスランの姿が目に焼きついた。 愛おしそうに、切なそうに、見つめるアスランからは、 イザークのことが好きだということしか伝わってこなかった。 シンはここへ来たことを後悔しながら、その場を後にした。 「どうして、ジュール先生なんだろう・・。」 恋人か奥さんのいるはずの彼をどうしてずっと・・・。 未だ、シンはアスランの想いを理解することはできなかった。 |