PartX 02.


時々、自分が歳をとったことを再認識させられる。
学ばなければならないことが多すぎて、
いつの間にか、どうでもいいことまで学んでしまったようだった。









「こんにちは。」
「こんにちは。珍しいですね、ザラ先生が休みの日に学校にいらっしゃるなんて。」
「そうですか?今日は、少し仕事が残っていたので。」

本日は、祝日であるため学校が休みである。
部活動の顧問をしているわけではなかったアスランは、
普段の休みの日には、ほとんど学校には来なかった。

「てっきり、イザーク先生のお見送りに行かれるんだと思ってました。」
「仕事が終わり次第行くつもりです。」
「そうなんですか。よろしくとお伝えください。」

はい、と笑いながら言葉を返すアスランだったが、
イザークを見送りに行く予定などは、全くなかった。


今日の夕方、イザークは日本を発つ。


想いを伝えるのなら、残された時間は5時間弱。
だが、アスランは未だ自分の心と折り合いをつけられずにいた。



『伝えないんですか?』


『好きなんでしょ?』



自分の心を見透かされたような台詞。
何も返せずにいた自分。
あの時、目の前にいたシンは生徒のはずなのに、自分よりもずっと大人に感じられた。
自分はただその場で、嫌だと駄々をこねている子供のようで、とても滑稽で。
だけどそれが本当の自分であることを、改めて理解した。


"イザークが好きだ"


この想いだけは、誰にも止められない。
それでも、待ち受ける未来を思うと、アスランは怖くて何も出来ないでいた。


友人という関係。
冗談を言い合いながら、笑いながら過ごす時間。


今の関係があまりにも居心地がよすぎる所為で、一歩を踏み出す勇気が出ない。
壊れてしまうのが、怖い。
アスランは、自分のたった一言で今まで築いてきたものが消えてしまうのが、
怖くて仕方なかった。



イザークはリリィを愛している。



それは何事にも変えがたい事実。
自分がその間に入り込むことなんてできるのだろうか。
そう考えて、アスランは頭を振った。

(無理だってわかってるから。だから・・・。)

シンのように『好きだ』という感情だけで、前に進むことができることを、
素直にアスランは、羨ましいと思った。
そして、気持ちを伝えて、その結果、振られても、関係が壊れてしまっても、
それを真っ直ぐに受け止められるだけの勇気を欲しかった。





アスランは、徐に机の引出しを開け、奥にしまっておいた写真を取り出す。
一枚は、イザークの卒業式の時に、ともに撮って貰ったもの。
もう一枚は、リリィが亡くなる前に4人で撮ったもの。

(このときは幸せだったんだよな・・・?)

アスランは、開いていたノートパソコンを閉じて、その上に顔を伏せる。
そして、静かに瞳を閉じた。










写真に写っている自分たちは、幸せそうに笑っていた。
イザークは、優しく、ディアッカは、困ったような顔をしながら、リリィは、輝いて。
懐かしい日々は、今も色褪せずにそこにあった。


イザークたちとともに過ごした日々。
それは、どんな宝よりも輝きを放ち、色濃くアスランの中に残っている。
ただ皆で過ごす時間が、イザークとともに居られる時間が、
こんなにも素晴らしいものだと教えてくれた日々だった。

たとえ、イザークにリリィという素敵な婚約者が居て、
彼が彼女を心から大切にしていたとしても。
たとえ、自分自身の気持ちを押し隠したままであったとしても。

あの時間がとても貴重なものであったことに、変わりはなかった。



『伝えなきゃダメだよ!』



不意に、リリィの声が聞こえたような気がして、慌ててアスランは伏せていた頭を起こした。
後ろ振り返るが、もちろん彼女がここに居るはずがない。

(当たり前だよな・・・。)

ゆっくりと元の位置に戻り、一息つく。
目の前には、先程の写真があった。
それを手に取り、アスランはそっと微笑んだ。

リリィの笑顔は、周りの人、皆を幸せにした。
笑って、泣いて、怒って、また笑って。
一日、一日を精一杯生きていた。
それ故に、彼女の笑顔は輝いていたのかもしれない。
彼女の命そのもののように。


どうでもいい人間ならば、憎んでもおかしくない相手だった。
好きな相手の恋人であり、婚約者。
彼の愛を一身に受けていて、綺麗で、可愛くて。
何よりも、女性で。
自分が一生かかっても勝てない相手。
そうであったとしても、羨ましいという感情はあっても、
憎しみという感情は生まれてこなかった。
そんなこと、できるはずがなかった。



『アスランっ!』



笑顔で自分の名前を呼ぶ彼女の姿を思い出すと
それだけでアスランは幸せな気持ちになれた。

彼女は、とてもとても心の広い人だった。









時刻は、2時を少し過ぎていた。
想い出に浸る時間は、アスランに何を残したのだろうか。
外は、まだ雨が降っている。






 

 

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