| PartX 07. 「イザークっ!」 真っ直ぐで良く通る声が、ロビーに響いた。 日本を発つ時間は、刻々と迫ってきていた。 時計を確認する作業を、先程から何度繰り返してただろう。 (・・・行ってくる。) イザークの隣に座る人物は居ない。 報告は、今は亡き彼女へ宛てたもの。 見送りに来るという連絡は、誰からも貰っていなかった。 もちろん、そういう申し出がなかったわけではない。 イザーク本人が、その申し出をすべて断っていたのだ。 日本を発つときは、出来るだけ静かに、心を穏やかでいたかった。 これが、イザークの本音だった。 涙を拭きながら、笑いながら、大勢の友人に囲まれて見送られることが、嫌なわけではない。 だが、イザーク自身の中でこの新たな世界への一歩は、 いろんな意味で大きな意味をもつものである。 彼女から離れて、自分というものを見つめ直す。 彼女の婚約者、恋人のイザーク・ジュールではなく、一人の人間として。 自分を彼女の死後も、支えてくれて、背中を押してくれた仲間のためにも、 本当の意味で、彼女から自立する必要が自分にはあった。 『あなたには、私がいなくなっても、ちゃんと見てくれている人がいることを忘れないで。』 昔、彼女に言われたことがあった。 そのときは、まるで自分が死ぬ、といったような内容であったため、 その内容についても、深く考えることはなく、そのまま流してしまっていた。 何よりも、自分の前でそんな言葉を口にして欲しくない、という思いでいっぱいだった。 (・・・お前は、これを伝えたかったんだよな。) こうして、自分と、彼女と向き合おうとするまで、自分の周りにいた仲間が見えていなかった。 今頃になって気付いたのか、とディアッカには笑われてしまうかもしれない。 それでも、最愛の人の死は、イザークの視界から最低限のものを除いて、 すべて奪い去ってしまったのだ。 いくら仲間が彼の周りで名前を呼ぼうとも、それはイザークの耳には届いても、 心にまでは届いていなかった。 少しずつ視界が広がっていく中で、心にはまだ何か薄っすらとそれを覆い隠す何かがあった。 気付いてはいたが、それをどうにかしようという気持ちになることはなく、 ただ流れていく日々に、少しずつ薄らいでいく彼女の記憶を必死に繋ぎとめようとしていた。 未だに、左手の薬指には彼女とペアだった指輪が光っている。 それに触れる度に、彼女の笑顔を思い出せた。 今も、それは変わらない。 だが、それに縋るのもいい加減終わらせるべきなのだろう。 だからこそ、イザークは新しい世界へと一歩踏み出すのだ。 (アイツを、・・・アイツらをよろしく頼む。) 一歳しか変わらない後輩は、いつも気丈に振舞って入るが、とても弱い存在だ。 同い年の友人は、人一倍他人の感情の変化に敏感なくせに、自分のことを後回しにしがちである。 自分が今まで彼らに何が出来ていたのかわからないが、 少しでも彼らに力を与えてやって欲しいと思う。 (俺がこんなこと頼める立場じゃないんだけどな。) 今の今まで、周りに心配をかけまくっていた自分が、そんなに偉そうにはいえない。 だが、ディアッカのこれからのこともそうだが、 イザークはあの雨の日以来、アスランのことが気にかかっていた。 何故、あの日彼女の墓の前で、アスランは泣いていたのか。 アスランが、そのことについて一切触れることはなかった。 イザークも、アスランがそういった態度をとるため、深く追求することが出来ないでいた。 だが、いくら考えても答えが出ることはなかった。 リリィとの間に何かあったことは確かだろうが、もう5年も経ったのだ。 イザーク自身ですら、彼女を想い出して涙を流すことも少なくなった。 それなのに、何故、アスランは・・・。 『イザーク・・・。』 アスランは、時々自分の名前を呼びながら、辛そうな表情をすることがある。 それが、どんなときに見られるものなのか、イザークには分からない。 ただ、時々彼の表情を伺うと、今にも消えてしまいそうな程儚い微笑みを浮かべているのだ。 まるで、リリィとは正反対の微笑み。 リリィの笑顔は、見る者を幸せにした。 だが、アスランの微笑みは、切なくなってしまうのだ。 その微笑みに、どんな想いが込められているのか、イザークには想像もつかない。 『・・・他の世界を見てみることはいいことだと思う。』 アメリカのことを話したイザークに、アスランはそう言った。 そして、 『それで何か変わるなら、俺も見てみたい。』 とも。 アスランには、何か変えたいことがあるのだろうか。 一言も、イザークはそんな話を聞いたことはなかった。 多くを知っているようで、本当はほんの僅かしかお互いのことを知らない。 友人として、一緒に長い時を過ごしていても、わからないことだらけだ。 (俺はもう傍に居てやることはできない。だから・・・なぁ、リリィ?) 偶然、本当に偶然、リリィが彼と出会わなければ、イザークとアスランが出逢うこともなかった。 今では、アスランがいないことは考えられないほど、当たり前になった存在。 ディアッカとはまた違った意味で、イザークにとって大切な人物だった。 『ダメだよ!』 一瞬、リリィの声が聞こえたような気がして、イザークは立ち上がり後ろを振り向いた。 だが、そこに彼女が居るはずもない。 いきなり立ち上がったイザークに対して、後ろのソファーに座っていた数名が訝しげな視線を送るが、 イザークは、その視線の先から顔を逸らすことはなかった。 逸らせなかった。 確かに、そこに彼女は居なかった。 「アスラン・・・。」 イザークの視線の先に居たのは、アスランだった。 「・・・イザークッ!」 窓から射し込む光に照らされ、一瞬白く視界が霞む。 だが、聞こえてきた声は、とても耳によく馴染んだ。 「イザークッ!」 雨は止み、外は美しく晴れ渡っていた。 |